5ヶ月(給料明細あり)で辞めた職場はどんな会社だったの?従業員数10人の会社

大学卒業後初の職場を3年5ヶ月で辞めた。この時「次の職場を決めてからやめろ!」「感情的になって辞めてしまうな!」と言われていたので、次の就職をしっかり決めてから辞めた。初めての転職2カ所目の職場はどんな感じだったのか?色々説明していく。

 

その職場を決めた理由

この職場はハローワークの求人を見て決めた。当時は転職のやり方がわからなくて、転職サイトを利用しなかった。転職=ハローワークだと思っていた。

 

企業に依存せずに生きていくためには手に職をつけよう!と思い、職人系の仕事にしようとした。同じ市内に電気工事関係の仕事があったので、家も近かったし、いいなと思い、そこに決めた。

 

俺は文系大学出身で電気系のことは全く知らないがそれでもいいのですか?と社長に面接で聞いたところ、問題はない。しっかり教える。全くゼロからやり始めた人もいるから大丈夫だと言われたので、ここにしようと決めた。

 

仕事内容

電気工事と言ったが、恐らく普通の想像しているものとは違う。俺がやっていたのは制御盤をつくる仕事だ。制御盤とは設備を動かすためのシステムのことだ

 

これが制御盤(小さい物なら小箱くらい。大きい物だと縦横2~3メートルの物まで存在する)

工場内にある設備がある。その設備を動かすためには何が必要か?コントローラー的なものが必要になる。例えば、設備をスタートする時は黒いボタン。設備を非常停止させたいときは赤いボタンといったように、ボタンを押したら動く、止まるといったシステムをつくる仕事だ。難しそうに聞こえるからスーパーファミコンで例えてみる

 

 

 

スーパーファミコン本体が「設備」スーパーファミコンのコントローラーが俺たちがつくっていた「制御盤」だと思えばいい

・弱パンチは緑のボタン

・弱キックは黄色のボタン

どのボタンの操作がどのような動きをするのかの配線工事で繋いでいく。

 

 

簡単にいうと

①制御盤をつくって

②配線工事で本体設備と制御盤を繋げる

ここまでが俺たちの仕事だった。

 

 

 

会社の規模は?

今回の会社の規模は全体で10人の小規模だった。なぜ小規模を選んだのかというと、人数が少ない方が仕事に集中できると思ったからだ。前職では、職場内での争いを見てしまったので、仕事に集中したいと思った俺は、人数が少ない会社にしようと決めていた。

 

給料は?年間休日は?残業はあった?

この会社では、大体手取りで月収18万円くらいだった。年間休日も100日。前職は月収19、20万円くらいで、年間休日が90日だった。

この会社の問題点は残業代についてだ。労働基準法では「残業時間の給料は25%増の金額」を払わなければならないのだが、この会社は25%増しではなかった。そして夜の10時以降に仕事をすると深夜作業手当というものが出てさらに25%増しになるのだが、それもなかった。

俺は夜10時以降まで仕事をやっていたことがあるが、ずっと残業時間の時給が1200円のままだった。残業代の金額が労働基準法どおりの金額にはなっていなかった。細かく計算はしていないが、残業代の時給が1200円は少なすぎる金額だ。

社内雰囲気は?

10人中3人が家族だった(社長と息子と娘)。そして7人中の1人が親戚。親族だらけだ。今思うと恐ろしい会社だ。しかし仕事が覚えられればいいと思っていた当時の俺は気にしていなかった。人が良ければ大丈夫だ!この予想は見事に外れた。

 

経営者はどんな人?

社長が仕事をやっている姿は全く見たことがなかったが、ずっと電気工事関係の仕事をしてきたらしい。そしておしゃべりがとても好きだ。話の内容は電気の話ばかりだったから、おしゃべりがうまいというより、自分大好きな人だった。自分のやってきた電気工事のことを永遠としゃべっていたのを覚えている。会社を辞める時に俺は、社長に対して文句は言ったものの、根っからの悪人とは感じなかった。

 

 

会社の特徴は?

仕事をもってくるのは社長で、その仕事を社員それぞれに振り分けていた。少人数で仕事をやっているので、1人の社員がそれぞれ担当の現場を持っていた。現場仕事も自分でやるし、客先との営業みたいな話合いも1人でやっていた。そんな人間になりたかったと思っていた俺だったが小規模会社の特有のデメリットにまだ気がついていなかった。

 

よかったとこ

基本的に一人作業だったので、気楽そうだった。電気工事は学校の授業で例えると工作みたいだったので、これを作って下さいと言われて一人で作っている間は夢中になれた。本当に人と接するのが苦手な人や、電気や工業系の知識が豊富でマニアックなタイプは工業系の仕事で黙々と作業をする仕事がいいんじゃないのかな?

 

 

悪かったとこ

小規模で親族が多いということで、他の7人の従業員は社長に完全服従していた。そんなところに俺が入社してきたのだが、完全服従の7人は自分たちを守ることで精一杯のような気がした。一人でやる仕事の量が多かったので新人教育ができる余裕はなかった

 

この会社で仕事をしている間は怒られることが全くなかった。悪い意味でとらえると新人に感心が全くなく、人を育てていこうというのが全く感じられなかった。社長の息子に仕事を教わっている時に「習うより慣れろの世界だ」と言われた

 

ちなみに社長の息子は、30代にして普段はブリーフをはいている、2次元好きなオタクだ。着ているものと趣味は自由だが、普段はおとなしめな性格なのに、仕事を教える時は「なぜそんなこともできない!?」という強気な態度と言動だった。仕事ができない俺からしたら、こんなヤツでも先輩だから黙って言うことを聞いていたが、内心はめちゃくちゃムカついていた

 

残業時間がヤバかった

俺はまだ長時間残業を経験するほどの仕事はできなかったのだが、他の社員の残業時間がとても多かった。工場内の設備ということは平日の8時から17時までは稼働している。だから工場が動いていない土日から仕事を始めて、月曜日の仕事が始まるまでに終わらせるといった制限があった。2日あれば大丈夫だろ?と思ったのだが、他の業者がからんできたり、工場に入る許可が遅かったり、などスムーズに作業が進みにくいことがよくあった。

 

一番ヒドかったときは、今日中に完成しないとダメといわれていたとき、他の業者も作業しているので、思うように作業が進まなかった。そして他の業者が帰って、俺たちがまともに作業に取り組めた時間が、19時くらいからだった。作業もろくにすすんでいなかったので、全て終わったのが夜の11時、そのあと会社に帰り、明日の準備、そして家に帰り1時過ぎに就寝、次の日も早めの出勤だったので、6時には起床する。

 

こんな経験をしたのだが、これはまだマシな方だと言われた。もっとヒドイ時は朝を迎えることもあるというのだ。もちろんこんなことばかりではないのだが、他の業者との優先順位を考えると、俺たちが一番最後に回されることが多いので、作業が思うようにできないことはよくあることだった。

 

他の業者もいるのだから仕方がないと思っていたが、ダラダラ過ごさざるを得ない時間は、俺にとっては苦痛だった。自分の仕事に夢中の先輩達は俺みたいな新人教育を面倒だと思われても仕方がないと思った

 

これを一生やっていくなんて考えただけイヤな気分になった俺は5ヶ月で辞めてしまったが、本当はもっと早く辞めてしまった方がよかったと思っている。

 

 

 

資格について

そんな会社だったが、ここでも資格を取った。資格には難しいものから簡単なものがあるが、ここで取得したのはとても簡単なもので「低圧電気取扱者」「高所作業」という教育修了証だった。電気工事士の資格も必要になるので取得予定だったが、取得する前にこの会社を辞めてしまったので、俺が取得した2つの修了証について説明していく

 

低圧電気の資格なんて必要なの?と思うかたもいるかもしれないが、低電圧でも人間は死んでしまう。しかも低電圧を取り扱う業者は高電圧を取り扱う業者に比べてとても多い。だから「低電圧でも人は死んでしまいますよ」といった内容の講義を受けた。電気工事をする時は電気工事士の資格が必要なのだが、低電圧は1日の講義でとれてしまう。だから最初にとってしまおうということで、低電圧の資格を最初に取得した

高所作業とは、工場の中で作業をする時はどうしても高い場所で作業することがある。たしか1.5m以上で作業をする場合だと思ったが、1.5m以上で作業をする業者は絶対に持っていないといけない資格だった

たとえば、トヨタ自動車の工場のなかで作業をすることはよくあった。トヨタ自動車といえば、世界で有名な大企業だ。それゆえに、トヨタ自動車内での人身事故が起こってしまうと、労働基準監督署のような団体から

「安全に作業ができる教育はしたのか?」「安全の配慮はできていたのか?」

と言われてしまう恐れがある。そのために、高所作業者という資格をもっていれば、「高所作業の講義を受けました。だから私は高所作業の注意点を知っています」ということになる。講義を受けていれば、高所作業も任せられますね。といったようなアピールになる。

 

 

両方とも簡単な資格なので、この資格をもっていて、再就職に得かと言えば、俺はそんな感じはしなかった。やはり最初に取得していたフォークリフトと玉掛の資格の方が断然再就職には便利だ

 

 

 

まとめ

手に職をつけようとして、近場で職人っぽい仕事を選んだのだが、ここでの大きな失敗点は小規模の会社を選んでしまったこと。小規模というのは人が少ない。毎年新入社員が入社してくるような会社ではないので、人に教える機会がない。だから教育のマニュアルがなく、人の育成に慣れていないことが考えられる。

 

 

従業員は、今まで自分だけの仕事をこなしてきたのに、社長の命令で急に教育しなさいと言われても、教え方もわからないし、一人に任される仕事で精一杯なので、新人の教育をしているようで全く教育になっていない

俺は先輩社員に対して「何か手伝いましょうか?」「やれることありますか?」と積極的に話しかけても「ちょっと待ってて」と言われるだけ。しかも待っているだけでは永遠に仕事をやらせようとしない

 

 

 

先に言ったが、この会社にいて全く怒られることがなかったというのは、教育に無関心ということ。俺が営業先に迷惑さえかけなければ、特に問題はない。先輩社員達は「俺は俺の作業をしているから、見て覚えてくれ」と言わんばかりの態度だった。

 

 

 

俺は5ヶ月で辞めてしまったが、現在でも働いている他の従業員たちは今までどうやって仕事を覚えてきたのか?と俺は考えたのだが、こんな環境だったので、長い時間かけて少しずつ覚えていったのだと俺は思う。他の従業員を見ても、仕事のスピードが遅くて、取りかかるまでにダラダラしている人が多かったので、とりあえずこの会社に長い期間居続けて少しずつ覚えてきたのだろう。

 

 

 

このころ俺はまだ20代の中頃だったので、早く色々仕事を覚えたかった。だから彼らがダラダラやっている仕事の姿にとてもイラだっていた。ちなみに会社内の平均年齢は結構高かった(30代後半くらいから40代前半くらいだった)。物を作ることには抵抗がなかったが、この会社の従業員のペースが合わなかったのだろう。そして電気も大して好きではなかったので、すぐに諦めた。

 

この話を参考に、良い就職ができたなら幸いだ。

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