ゆとり世代の反撃!!「産んでくれてありがとう」なんて思ってない

小さい頃、学校の先生からよく「親に感謝しなさい」「産んでくれたのだからありがとうというべきだ」なんて言葉を言っていた記憶がある。これってどうなの?って最近思う。これは俺の個人的な意見だけではなく、世の中には、この言葉に苦しめられている人が多いという視点からこの記事を書いていく。

 

「親に感謝しなさい」っておかしくない?

本当にしっかり育ててくれた人には感謝するだろう。人間は誰しも人に感謝する気持ちは持っている。誰かに育ててもらわないと生きていけないのも事実。だけど

 

なぜ「感謝しなさい」という教育をするのか?

 

そんなこと言われなくても、本当にありがたかったら感謝するよ。そりゃあ思春期のころ反抗したり、学費たくさん払ってもらったり、必要なものを買ってもらったりしてるからとてもありがたいと思っている。だけどそれは、自分が経験して初めてわかること。

 

本当に感謝する時とは、一人暮らしを始めて親がやってくれたことのありがたみがわかるように、女性が子供を産んで育てているときに、母親って大変だったのだなと思うように、自分が経験して初めてありがとうと心の底から思える。そんな経験もしていないうちから親に感謝しなさいと教育してしまうのは、ただの洗脳だろ

 

 

「親に感謝しなさい」を都合よく利用する親たち

俺の父は癌の手術を過去に3回している。すべて無事に終わった。それはよかったと思う。

 

しかし、俺には気になったことがある。手術を経験したあとの行動だ。癌の手術を3回したといっても、手術を受けるまでに、何回も検査もするし、何回も通院する。そして費用も掛かる。とても大変だ。

 

手術を受けるといったって、何回も経験したくないこと、やらなくてもいいならやりたくないだろ?実際体を治してくれたのは、本人が病気に耐えたというよりは医療の技術があったおかげ。

 

多くの費用がかかり、通院、検査、手術を経験してきて、もうこんなことにはならないように気をつけようと思うなら自分の健康管理には気をつけるはずだ。例えば、タバコをやめる。酒をやめる。適度な運動をする。食事管理をする。いくらでもできる。しかし、俺の父は今でこそ少しは気をつけているものの、3回の手術を終えるまでは全く気をつける気がなかった。今でもタバコを吸う。酒も飲む。運動は?だが、俺の知る範囲では運動をしている気配はない。

 

 

悲しいことだが、癌は絶対に治ると言われている病気ではない。そんなことはみんな知っているだろう。だからどんなにがんばっても亡くなってしまう人はいる。しかし、悪いことがおこったら、もう悪くならないよう反省や行動をすることが大事だ。自分も苦しみ、他の人にも心配させたのに、良くしていこうという行動をみせない父に対して、俺はあきれている。

 

 

親の介護をするために

俺の40代の知り合いの人は、親が体を悪くしてしまって、介護をすることになった。そのため、現在勤めている会社を辞めて実家に帰らなければいけない。

 

もし親の介護をしなければならないとなると、下の世代に負担がかかる。本当に健康に気をつけても介護が必要になった人ならしょうがない。しかし、いままで自己管理しようとせず、自分の体に対して全く気を使わずに、体が悪くなったから介護して下さいなんていってきたらどう思う?俺たちの大切な人生の時間が介護によって失ってしまう。

 

90歳を越えても、動きが遅いながらも、二足歩行で自分の力で生活している人もいる。一生介護されない人だっている。

 

だから、健康管理を意識して、人に介護してもらわない体でいようとする健康管理、行動、努力をすれば、介護されない可能性もあるだろう。そこまでやって、体が不自由になってしまったのなら、親の介護をしようと思える。世の中に絶対はない。死ぬまで必ず健康というわけではないからね。

 

 

ここで最初に言った言葉が頭をよぎる

小さい頃から「親に感謝しなさい」「産んでくれてありがとうと思うべき」と教育してきたから、親世代は、子供は自分の面倒を見てくれるだろうと思ってしまっているのかもしれない。しかし、それによって、自分の子供を苦しめてしまう可能性があることを予想できていない。

 

 

もし今、体が不自由になってしまったら、将来は介護してもらおうと図々しい考えを持っている人がいたら言ってやりたい。

俺たちが生まれてきたことに、俺たちの意思はない。お前達が産みたいと思ったから産んだんでしょ?

だったら「育ててあげた」とか「感謝しろ」というのはおかしいだろ?

子供が欲しくて産んだのはあなたたち、だったら責任もって育てるのは当然でしょ?

「育ててあげたのだから、体が不自由になったらお前たちは俺たちの介護しろ!」なんて思ってるの?

「○○してあげたのだから○○しろ」って言うのは、結局は自分たちのためだったんだよね

 

俺の親の本心はどう思っているのかわからないが、介護してくれと言ってきたら「健康に気をつける行動は努力はしたの?してないでしょ?俺も人生楽しむ時間が欲しい。だから介護する時間がもったいなから介護施設に入れるよ」と言う予定だ。もし俺が逆の立場になったときは、子供の世話になりたくはないし、子供には子供の人生があるから、それを邪魔したくはない。だから介護施設に入れてくれというだろう。

 

介護疲れも、感謝の影響?

介護疲れで親を殺してしまったニュースを見たことがあると思う。最初、親の介護を始めようとしたときは、周りの人はきっと「○○さんは親の介護をして立派だ」と言われることもあるだろう。しかし予想以上に介護の負担が大きく、その大変さを周りは理解していない。介護をしようと決めた本人が介護を辞めたいと思った時には精神的に限界を迎えているはずだ。

 

その先に待っているのは、俺たちが良くニュースで見る結果となってしまうのだろうと俺は考えている。最初は介護をしていくと決め、周りから偉い人だと言われたとしても、最終的に人を殺してしまったら、殺人をした人になってしまう

 

テレビでは、親の介護をするために仕事を辞めて、介護に専念しているという特集をやっている。テレビで見ていると、とても苦労している姿を見せられるが、本当に感謝していて、やりたいと思っているのであれば、やればいいと思う。しかし自分の自由な時間を使ってでも親に尽くしたいと思える人はなかなかいないと思う。親も大切だが自分も大切だ。

 

まあ介護の問題としては、介護される人の多さと、介護職の人手不足などによって介護施設に入れない人もいるので、現在施設に入れられずに困っている人がいることは理解している。これに関しては、他の問題も関わってくるので、別の話ということを理解してくれ。

 

 

教育を鵜呑みにする同年代

以前こんなことを聞いたことがある。

「私は子供が欲しいとは思わない」といった知人の女性がいた。その人に対して実際子供を育てている人はこういった。「じゃあ将来どうするの?子供がいなかったら老後面倒みてくれる人がいないでしょ?だから子供は必要だよ」と言っていた。自分の老後が心配で子供産んだのかよ!!

ちなみにこの人は、俺と同年代の人だ。俺と同年代でもこのように考えている人がいる。このような考えになってしまうのは「親に感謝しなさい」と命令的な教育を受けてしまったからなのではないかと俺は思う。

 

まとめ

最初にも言ったが、人間にはありがたいことをされたら、感謝をするという気持ちは誰にでも備わっている。だから感謝しなさいと言われなくても感謝している人はいる

 

 

しかし、感謝というキレイな言葉を利用して人をコントロールしようとする人がいるがそれは恩の押し売りだ言葉にはしていないが「俺はお前を育ててやったんだから感謝しろ」「俺のおかげで成長したのだから感謝すべきだ」と言っているようにも感じる。そうなったら相手がこれをやってくれ、と言われれば断りにくくなる。会社の上司が世話をしてやったのに辞めるのか?と言われたら辞めにくくなる。

 

 

今回は子供の教育ということからこの記事を書いたが、キレイな言葉で人をコントロールしようとするというのは「大人」が「大人」に対してやっていることもある

 

 

「お前がここまで育ててやったのは誰のおかげだ?」

部活の先生、ブラック企業の上司がよく使う言葉・・・思い当たることあるよな?

 

 

このブログが何かのきっかけになっていただけたら幸いだ

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